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More to This Life Than Judo (この人生には柔道以上のものがある)

当柔道クラブの名前はホノルル柔道クラブである。道場に入ると、一見、柔道の基礎や技術を学び、競争力を鍛える典型的な場所のように見える。しかし、我々のクラブには柔道を学ぶという目的を超えた、もっと深い目的、目標がある。実際のところ、単なる柔道よりも深い目的を持っている柔道クラブは多い。これは、講道館柔道の中枢が、精力善用と自他共栄の二本柱で成り立っているからである。この柔道の二本柱の解説は別のブログに譲ることにする。

自分にとって柔道とは、身体的、精神的、感情的、霊的に強くなること以上のものだ。また、世界をより良い場所にすること、世界平和を追求すること、生涯にわたる友情を築くこと、次世代に遺産を残すことだけでもない。これらも重要だが、自分にはもっと包括的な目的がある。それは、この地上での人生の次の段階への準備である。自分は、この人生に割り当てられた年数だけではなく、それ以上のものがあると信じている。永遠に続く人生である。いわば永遠の命だ。

個人的には、永遠という概念を理解するのに苦労している。自分の有限の思考の中で、如何にして永遠という考えを理解できるのか?終わりのない時間の中でどこかに住んで何かをしている。本当にこんなことがあるとしたらどうなるだろうか?我々が皆、永遠に生きるとしたらどうするだろうか?

最近、大学時代の友人に、この人生の後にくる人生についてどう思うか尋ねてみた。彼の答えは、そんなことなど考えたことなどない、ということだった。驚くべきことではない。この人生で見たり経験したりできないものを想像したり信じたりすることは難しい。この人生の後に何かが存在するかどうかでさえ、どうすれば確実に知ることができるだろうか。多くの人は、そんな圧倒的な概念に悩ませられるより、考えないことを選択する。

自分だけが生命の謎に対する答えを知っているとはもちろん主張しない。誰もわからないことだからこそ謎と呼ばれるわけだ。少なくとも、永遠のこちら側では、答えのない謎がたくさんあるという結論に達した。

永遠の問題に対するすべての答えを持っているわけではないが、誰もがよく考えてみる価値はあると思う。結局のところ、永遠は終わりのない時間であり、我々がこの地上で行う選択は永遠の結果をもたらす可能性がある。だからこそ、次の人生に向けてできる限りの準備をしたいと思う。これは人生の重要な側面であると考えている。熟考し、準備する価値のある目的だ。

....Kevin





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