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Who Should Stand in the Place of Honor?(誰が上座に立つべきか?)

毎朝、正しい視点で一日を始められるよう、聖書を読もうと心掛けている。人は聖書を読み、聖書は人を読む、と言われているが、聖書はどのように人を読むことができるのだろうか?問題に直面したり大きな決断を踏まえている時、その日に読んだ聖句が前に進むために必要な知恵を与えてくれることが多い。

今朝、「人の命は、持ち物にはよらないのである」という聖句を読んだ。

最近、富とか威信、名誉等について色々考えているところだった。道場で最も尊敬されるべき者は誰か? 具体的に、当道場でオープンマットと呼んでいる柔道練習会では、誰が上座に立つべきだろうか?練習会には、様々な道場から幅広い年齢層と段位を持つ大人が参加している。指導の時間は少ないが、マイペースでたくさんの人と柔道を楽しむことができる。筋骨隆々の若者達についていくプレッシャーはない。

練習会に参加する人のほとんどは有段者で、各自の道場で指導をしている先生である。最初は、自分とホノルル柔道クラブの監督達が上座に並んでいた。それが、より高い段を持つ年配の先生方が練習会に参加するようになると、上座の列がどんどん長くなり、時には先生に向き合っている下座の列よりも長くなることもあって、どうするべきかと悩んだ。

その答えは今朝の聖句を読んで明らかになった。「人の命は、持ち物にはよらない。」練習会では、参加者一人一人がお互いを支えあうチームメンバーであり、コミュニティであることをいつも強調している。年齢、階級、富、名声に関わらず、一緒に人生を歩む兄弟姉妹同様である。

当初、当日の練習を担当する監督だけが前に立ち、他の人は全員下座に並ぶことに決めようかと考えた。自分は一番の高段者で、道場の創設者であり、年もとっているが、練習の監督ではないので、みんなと一緒に並ぶつもりだった。

そんな中で、東海大学の柔道サークルでは、練習の始めと終わりに輪になってお互いに立礼をする、と言う話を聞いた。

これは良い考えだ!それでホノルル柔道クラブの練習会でも、礼をする時には円になり、 「お互いに礼!」と号令することにした。

年齢、階級、地位、富に問わず、すべての人を尊敬することの価値を明らかにしてくれた主なる神に感謝している。


...Kevin


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