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Lovingly Torture, Respectfully Play(愛情を込めて拷問し、敬意を表して弄ぶ)

長い間、柔道を教えてきたので、自分の弟子が小さな子供から素晴らしい大人に成長するまでを見る機会に恵まれている。教え子の何人かは現在、柔道の先生であり、ホノルル柔道クラブで指導をしている。自分の生徒たちが高校生だった頃、寝技練習でよく、「愛情を込めて拷問」したことを覚えている。 「拷問」は大袈裟な言い方だが、ドラマチックな響きのなのでここで使用する。基本的には、若い頃に自分の指導者が自分にしたのと同じことを教え子たちに体験させてあげだけだ。その先生と組むといつも「今日はお前を痛めつけてやる」と言われた。そして片っ端から先生の腹、肋骨、脇の下やその他の身体の部分でしわくちゃになるまで顔を押さえつけられ、叩きのめされた。もちろん、先生に勝利の満足感を与えたくなかったので決して諦めなかった。すると先生は一旦体重をかけるのを辞めて放してくれたが、すぐにまた一から「拷問」が始まった。 当時、先生から受けたのと同じ「愛情」を自分の教え子たちが高校生の頃に分かち合った。もちろん彼ら自身の利益のためだ。 年月が経ち、教え子たちが大人になるにつれて、役割は逆転した。道場の柔道練習会の監督である弟子と一緒に稽古をするとき、どんなに昔の戦術を色々試みても、全く役に立たない。隙をついて後ろから攻めようとしても、迷惑なハエのようにはじき飛ばされてしまう。 寝技で後ろから脚絡みで責められたら、体重の圧力だけでとどめを刺されてしまうことは言うまでもない。15年前の「愛の拷問」の仕返しをいとも簡単にできることを弟子は十分承知している。しかし、この年老いた先生が面目を保つことができるように、あえて「敬意を表して弄ぶ」ことを選択しているのである。 もちろん、彼自身も代々受け継がれてきた「愛」の柔道トレーニングの伝承に励んでいる。練習が終わると、「先生、まだまだ強いですね」と言ってくれる。お世辞に決まっている。実は教え子が自分の能力を超えて上達して行くことに大きな喜びを感じる。それは2つのことを意味しいている:

1. 自分は年寄りになった

2. 生徒たちは上手くなった

世代の交代はみんなのためにプラスになる。

...Kevin

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